読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

音楽:ティー・フォー・スリー / Negicco

今となってはその呼称というか枠組みというかも適切でないような気がするけど、新潟のご当地アイドルであるNegiccoが新譜を出していたらしい。 情報をピックアップしきれずに漂流し続ける人生。

 
f:id:Toyoda9a:20160612032553j:image
 
結論から書くとめちゃくちゃ良いアルバムだと思う。 
アイドルの形態は様々だ。様式は機能に準ずる的な話と同じで、どういうアイドルでありたいかに準じて、人数やメンバーのキャラクター、楽曲諸々が決まっていくのだろう。 
最近のアイドルは、アイドル戦国時代(個人的にはただのアイドル過多勃興期だと思っているが)故なのか差異化を測り、独自性を打ち出すことに躍起な印象をウケる(それが良し悪しとかいう話しはここでするつもりはないし、悪いとも思っていない)。個性を出さなければ淘汰されるということなのかなと思うが、その結果として奇をてらった楽曲が多くなっているのではないかなとも思う。でんぱ組.incとかアプガとか、まぁ具体例をあげればきりがない。 
 
あと昨今の市場に出回っている大衆音楽は刹那的快楽追求の全盛期にあるような印象も抱いている。脳内ドーパミンをどれだけ出させればいいのか、良く言えば余計なことを考えずに楽しめるし、悪く言えば外連味の強い大雑把で細やかでない、そんな音楽が多いというか。そしてこれはアイドルに限った話ではないのかなぁと思う。秋元楽曲が流行る(この流行るの定義も難しいところ)時代だし、各所で言われている話だしこれについては確信に程なく近い自信を持っている。
 
そこに行くとNegiccoの、特に今作は、上質なJPOPが追求されていて、そこがオーソドックス故の良さ上品さに繋がっていると思う。ファッションで言うと無地のシャツ・カーディガン・チノパン、みたいにシンプルなアイテムだけどそのアイテムは全部ハイブランドで、万人がオシャレと思うような感じだ。 
楽曲はAメロからBメロを通してサビへ盛り上がりを作る、Bメロはパンパパンのリズムである、落ちサビがある、といった王道のつくり。音圧も過剰でなく、管楽器など個性の主張もくどくない。ユニゾンも平べったくない。 
アルバム構成としても、序盤はアップテンポに始まり没入感を産み出す柔らかさ。中盤に変化球。最後の締めは美しく。 
 
そして何より抱くのが、この楽曲は嫌味がないなという感想だ。個性的じゃないというと話がややこしくなるが、この楽曲の個性は音楽それ自体としての個性というよりは、洗練故の昇華としての個性とでもいうべきかと。この楽曲をNegiccoじゃない人が唄ってても違和感はないと思うけど、今こうした楽曲を唄えるアイドルはNegiccoだけというか。楽曲を聴いて、新規性がとかいう話ではない。ただただ、JPOP。でも?そして?だからこそ、良い。 
 
ところで、若冲展が240分待ちだったらしいけど、そのうち半分は芸術理解力ないだろと思ってしまう。自分の個別具体的な話をさも一般事象であるかのように話してしまうが、少なくとも僕はそうだ。というか芸術理解力ってなんだよ、芸術って何を以て理解したとするのか純粋に疑問だ。そもそも芸術とは理解するものなのか?
良くわからないが、ただ、僕たちは何時だって、細やかで、繊細で、上品で、何となく奥行きを感じるのものを尊く思う心があるんじゃないかなと思う。 
難しい、緻密なものがその結果としての良さを以て世に出ればそれはクールだなぁと思う。