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与太話:TVに出られない僕のこと

ビルの隙間を吹く風も、足早に家路につく人々の表情も、僕に対して本当に冷たい。これは朝夕の寒さのせいではないだろう。天気予報を見て慌てて手に取ったステンカラーコートも、ランダムに再生されイヤホンから聴こえる山崎ハコも、決して僕を守ってはくれない。そのキッチュな雰囲気で人を選び孤独な自分の駆け込み寺になってくれる近所の居酒屋さえも、ここ数日は明日へのアンテナを稼動停止させた大学生がたまっていて、決して僕を入れさせてくれない。

「これは由々しき事態であるな」

そう、数日前からずっと、由々しき事態である。

 

ウチくるというバラエティ番組が好きだ。

この番組では毎回異なるゲストを呼び、ゲストの半生を当時の思い出の品や知人の証言をもとにカジュアルに明かしていく。

ゲストたちはよく行くお店や気になるお店を紹介し、そこでささやかに人間性を捧げ、笑い、感傷に浸る。程よい多幸感だ。捧げられた人間性はその生贄量に応じて人の心を打つが、取っ付きやすさは生贄量に反比例する。

また終盤になると、旧友や両親、無二の親友からの本音を聞き、ゲストは涙する。誰も不幸にならない、平穏な番組である。番組開始からの経過時間と、生贄量とが比例関係にあるようだ。例に漏れず僕も多幸感を分けてもらい、一丁前に時間を有意義に使ってみたくなったり(ならなかったり)する。

 

しかし、あの日の僕は違った。番組が終わってふと思ったのである。

「俺はこのままでウチくるに出られるのか??」

 

僕には僕なりに歴史があるので、有難いことに振り返る半生はある気がする。誰だって波乱万丈なのだ。うん、そこは問題ない。小学校の屋上からサッカーボールを投げてたことなどで笑いを取れるだろう。ガハハ。

 

当時の思い出の品なんかがあると尚良いんだな。子供の頃は勉強ばかりしていたが、さすがに当然昔使っていた参考書やドリルなど後生大事に抱えているわけがない。これでは僕のアイデンティティが掘れない、番組制作会社に迷惑をかけてしまう。これではいけない。

賞状はどうか、絵画・習字・スポーツあたりでそこそこに数だけなら取っているな。でも色彩感覚は皆無だし字は習字を辞めてから上手くなったしスポーツは貧弱な体型をした今の自分からは信じてもらえないだろう。話が膨らませられない。

やはり卒業アルバムが鉄板か?しかしアルバムは既に紛失している、多分実家を出るときに一緒に処分してしまったのだろう。

 

うん?これはマズいのではないか?墓地に葬った文物たちが、悠久の時を経て僕を苦しめ始めた。なんなんだ、ほろびのうたか。あとになって顔を出すんじゃないよ。お前たちを生贄にすることで、俺は辛うじて歪みという自己を確立したんだぞ。ふざけるな、保田圭だって今幸せそうにしているじゃあないか。

 

いや落ち着け。知人の証言があればまだ盛り上がるはずだ。知人が出演してくれればいい。思い出の品だって何かしら持ってきてくれるかもしれない。

小学校の友人はどうか。いるにはいるが彼らがわざわざ出演してくれるのか?思い浮かんだ2人は、社会を支えるエリートとなっており僕のような湿地帯の童貞にはアレルギーがあるかもしれない。

中学校の友人はどうか。こちらも浮かんだ数は少ないが、出演してくれる可能性はあるな。しかし中学時と書いて暗黒時代だ。出来ればスルーしたい。捧げる人間性の割に合わない。

高校の友人はどうか。これは1人ぴったりな人が思い浮かぶ。が、連絡が取れない。取ろうと思えば取れるが、今現在でそんな距離感の友を呼び出すのも失礼な気がする。そんなエピソード不足のグラビアアイドルみたいな細いマネをするのは美意識に反する。

そうなると残りは大学の友人しかいない。大学時代は自己形成という意味でも最も外せない時間だ。しかしそれは同時に僕の大学時代が歪曲と屈折の時間だったことを意味する。そんな僕のような人間の友人が自ら進んで衆目に晒されてくれるだろうか。

 

だいたいトークをするお店はどうするんだ?そもそもたまに外食をしても友達を呼ぶわけでもなく1人で気持ち悪い顔をしながら携帯や本を読んでる僕なんかに紹介されて店側は快く思うのだろうか。

大体僕の風貌と相まって紹介された店が魅力なく店員も頼りないと思われたらどう落とし前をつけられるだろうか。

 

「やはりこれは由々しき事態であるな」

もう何度目かの辟易をした僕は、取り敢えず困ったら行く喫茶店に、季節外れに冷たいカフェオレを飲みに行くことにした。恐らく僕を覚えていてくれている店員の対応も、今風で無機質な店のデザインも、僕に平穏を与えてくれる。明日からの旅行の予定で頭がいっぱいな老人たちも、ドアから入り込む隙間風も、それぞれに歴史があるし、歴史があるということはそれまでにそれぞれの曲折があったのだ。成る程なぁ。でもそれじゃあTVショーには映えないかなぁ。僕たちは今日も輪廻の中で苦悶する。掻き混ぜられたカフェオレは、刺したストローを氷ごとその攪拌の渦に飲み込んでいく。友人からきた転職の報せは、老人を見ていた僕を我に帰し返信を急がせる。